先日、"一乗谷朝倉氏遺跡"に行って来ました。(葉加瀬太郎さん作曲の「悠久の一乗谷」と言う
どこか、ノスタルジックで哀愁漂う素敵な曲を、遅ればせながら、偶然見つけたのもあって)
朝倉氏は、但馬国朝倉庄に(今の兵庫県養父市)にルーツを持ち、1337年に越前に入り、黒丸城に居を構え、
1471年、朝倉氏7代目当主孝景の際に、越前国を掌握し、三方を山に囲まれた自然の要塞が有り、防衛最優先で、一乗谷に本拠を移し、
以後、11代目義景迄、103年に渡り,統治し、総面積は、278ヘクタールだが、谷底のメインと成る城下町は、縦,1,7㎞、横500mと狭小の土地。
この地に、1万人以上が暮らして居た為、当時としてはハイテクな、治水と都市計画が形成され、独自の文化が花開き、栄華を究めていた。
1573年、織田信長に大敗し、朝倉氏は滅亡。城下町も灰燼に帰す。その後、北ノ庄に拠点が移り、田畑の下に埋もれ、時代遅れの土地と成り、
手つかずのまま、400年の眠りにつくが、1967年、発掘調査が始まり、170万点の遺物や、当時の街並が完全な状態で発掘され、イタリアの、
火山灰に埋もれた古代都市になぞられ、日本の、ポンペイと呼ばれる。発掘調査は、50年以上、今も続いている。
博物館で、多くの出土品や、街並のジオラマに、驚き、楽しみ、復原町並で、リアルな暮らしを実感し、館跡や、庭園跡を歩き、
華やかだった文化を想像し、想いを馳せるのが良いのかも・・季節の良い時期に、もう一度訪れてみたい。








































































































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